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遊劇舞台二月病

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僕のせいで寝たきりになった人が、ベッドの上で冷たくなっていたのを見つけたのは僕でした。
この人が苦しい顔をしながら朝ご飯を食べる所をずっと見ていたから、死んでしまった時に、少しホッとした。
そんな冷たい僕の気持ちを見透かしたのか、通夜であつまった親戚達の目は、人殺しを見る目だった。
戸棚の上の変身ベルトで遊びたかっただけなのに、僕は人殺しになってしまった。
あれからずっと、誰かの為に死ぬ事を夢みていた。
なのに、その通りに死ぬ事出来ない。
TVを見ていて、誰かの犠牲で死ぬ人を見る度に「しまった。僕が死ななきゃいけないのに」そう思っていた。
今の僕は到底、誰かの為に死ねるような生き方を出来ていない。
「死ぬ事は償いじゃない」なんて2時間ドラマでよく聞くキレイ事に醜くしがみついている僕は醜い。

あれから20年経った今、僕はまだ生きてます。
きっとこれからも生きていきます。
許されなくても生きていきます。
でも、死にたがりの自分を少しでも変えれたらいいなと、今回のお話を書きました。
僕以外の誰でもきっと、それぞれの死にたがりの自分がいる事でしょう。
貴方が死にたがりの自分と向き合うときに、ぼんやりと今回のお芝居を思い出して貰えたら光栄です。
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2013.10.24 00:18 | 油人 | トラックバック(-) | コメント(0) |
うどんを喰らう度に思う事があるのです。

僕はうどんが大好きだ。

そう叫べる。
や、叫びたい。
世界の中心で叫びたい。

それで愛を叫んだ事にはしてもらえないだろうか。
やはり、うどん愛は認められないのだろうか。
うどんが不治の病に倒れても見捨てない。
うどんが旅行に行きたいなら連れて行くさ。
旅行先でうどんと一緒にうどんを喰らうさ。
カラになったドンブリ抱えて「助けて下さい」と叫ぶさ。

あのね、人と人が愛し合うてね。言っちゃ悪いが平凡じゃん?
人とうどんが愛し合うのは難しいよ。
だって人とうどんの関係は一方的だから。人はうどんを喰うけれど、うどんに喰われる人は今の所見たことない。アマゾンの奥地に人を喰らううどんがいたとしても、それはきっとね、うどんじゃない。きっとね、蛇だ。

人と人ってそんな立派?守るべき人がいるってそんな立派?

立派ですよそりゃ。知ってますよそんな事。

うらやましいもの。クリスマスとか、バレンタインとか、イィーー、ってなりますもの。

うどん、ちょっとゴメンね。
僕にも愛するべき人ができたならば、守る。うどんは降格。その人と食べます、うどん。しかも、ランチに食べます。だって恋人とのディナーにうどんって、なんか違う感じするから。フシギ!

うすっぺらいお話でよく見るじゃない。「守るべき物が多い方が強いんだー」みたいな感じ。
で、色んな物を犠牲にして頑張ってきた人が踏みにじられるのね。

どうかと思う。

だってさ、「守るべき物が多い方が強いんだ」なんて主張は守るべき物が無い側の彼ら………いや、僕たちにはさ、主張じゃないもの、自慢だもの。自慢されながら踏みにじられるなんて、み・じ・めだぁ。守る物もないのに引っ張り出されて、闘う理由も無いのにさ。なんでコンナコトニ、って思いながら、フシギ。

要は、凹む理由なんて人それぞれだし。凸る理由なんてのも人それぞれ。そもそも、「凸る」なんて言葉あるの?なんか適当に書いたけど。あと、恋したいなぁなんて事です。
2012.03.18 13:44 | 油人 | トラックバック(-) | コメント(0) |
汚れつちまつた悲しみに

今日も小雪の降りかかる

汚れつちまつた悲しみに

今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは

たとへば狐の皮裘(かはごろも)

汚れつちまつた悲しみは

小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは

なにのぞむなくねがふなく

汚れつちまつた悲しみは

倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに

いたいたしくも怖気づき

汚れつちまつた悲しみに

なすところなく日は暮れる・・・・・


中原中也の有名な詩です。
どうも油人です。

この間、中原中也の詩と触れ合う機会がありまして「なんてRockな奴だコイツは」と感銘を受けました。僕の勝手な想像と偏見によって彼はRockです。
僕にとって彼は原風景(純粋)を愛し過ぎちゃった人です。上記の詩だと「詩人としての己」と「純粋への信仰」の葛藤が溢れ出してます。

「悲しみ」という感情を己の詩人としての感性が美しく「小雪」のように被り、濁らせ、はかなく「風」のようにぶれさせた。その事を「汚れ」として己自身を嫌悪している。
「純粋に悲しみてぇんだよ!悲しみを美化してんじゃねぇよ俺!でも、そんな自分が大好きだ。俺には詩しかねぇんだよ!」なんて叫びが聞こえてきそうです。

でもね、
中原中也さんよ…表現が純粋を超える事が出来ないなんて思い込みだ!
純粋を表現が超える瞬間を見せてやる。
あの世で悔しがれコノヤロウ!

さぁ脚本書くぞ!!



……………筆がすすまねぇ…


あと、僕は中原中也さんのファンって訳じゃないので、上のはただの妄想です。

ファンの人からしたら、「中也はそんなんじゃねえよ!」なんてお叱りがあるかも…

しばらくビクビク生活します。
2011.10.09 00:18 | 油人 | トラックバック(-) | コメント(0) |
油人です。
ここ最近は、様々な物に触れ合い祭でございます。
お芝居みたり、映画みたり、コントみたり、戯曲読んだりと。
少女漫画を読んだりもしました。
ただ、まだまだインプットが足りずに、脚本のプロットで頭を捻っております。

突然ですが、「脳」って「お豆腐」みたいなイメージが有るのですよ。僕には

で、良いアイデア(例、ストッキングに入れた唐揚げ等)が生まれる時は絹ごし豆腐な脳なんです。
で今の状態は木綿豆腐な訳です。いや、もはや厚揚げと言っても良いかも知れない。

夜な夜な、豆腐屋が僕の脳を木綿で絞り、更には、油で揚げているとしたら…

その豆腐屋は、豆腐屋を辞めて脳外科医に転職すればいいのに。勿体ない
、収入もアップし、お見合いで失敗する事も少なくなるだろうに…


僕が豆腐屋を見る視線は日に日に熱くなるばかりです。
2011.10.06 15:56 | 油人 | トラックバック(-) | コメント(0) |

H23、七月某日。
我々、遊劇舞台二月病の作戦本部に一通の手紙とヤマザキ製パン「ランチパック(タマゴ)」が届いた。

私(油人)はランチパックに舌鼓を打ちながら、手紙に目を通した。

なんと、奈良県のある山奥で幻の獣「「ムーミンモドキ」を見たという男」が徘徊しているとの情報が書いてあったのだ。

我々は幻の獣を捕獲する為、調査隊を結成し手紙の指す山へ繰り出した。

人の入った形跡のない、その山へ足を踏み入れると共にある寒気が我々を襲った。
先頭を行く油人の足元にトカゲがいたのた。
まだ小さな子供のトカゲだから良かったものの、巨大なティラノザウルスや猛毒のあるコブラだったら我々の命は無かったかも知れない。

藪を掻き分け道無き道を行く調査隊。

「本当に、こんな所にムーミンモドキを見たという男は居るのか?」

皆が皆、その疑問を抱いた時だった。

我々の前にムーミンモドキが姿を現したのだ!

「この山にムーミンモドキを見たという男は確実に居る」そう確信して、ムーミンモドキが過ぎ去るのを待ち、幻の獣「ムーミンモドキを見たという男」を捕獲する為、山の奥へ一歩踏み出したその時!!

調査隊の列の後方で耳をつんざく程の叫び声が山中に響いた!!

つづく
2011.07.14 16:25 | 油人 | トラックバック(-) | コメント(0) |
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